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*この話はクロノクロスED「蛇骨幼稚園」を元に作ってあります*
クリスマス・パニック 第1話

【NEXT〜第2話】


「なんで、俺達なんだろうな・・・」
「・・・」
「お前は良いぜ、俺なんかずっと働きっぱなしだぜ?」
「・・・」
「やっと来た休日だってのに、なんでこんなこと・・」
「・・・・」
「しかも、お前とだし」
「・・・ちっちっちーっ」
「・・舌打ちしてぇのは俺のほうだっつーの!」
「・・・可愛い・・」
「あ!?」
意外な言葉・・いやいや・・相手が相手なだけに、もし自分に向けられて言われていたらどうしようっ!という恐怖心と驚きを顔に出して、カーシュは慌てて立ち止まると、背後に居るはずの人物を見るために勢い良く振り向いた。
その人物はカーシュから3歩ほど離れたところでしゃがみ込んで何かを眺めている。
しゃがみこんだ姿勢のせいで、足の付け根まで見えている相手の見事な太ももを、思わず見てしまったが、カーシュはその視線を追い、大きなため息をついた。
視線の先にはふさふさした毛並みの白い猫が居た。
つぶらな瞳でこちらをじっと見つめ返してくる。
先ほどの『可愛い』発言の向かう先はこの猫らしい。知らず知らずにため息が出た。安堵のため息だった。

カーシュとゾアは、テルミナの商店の並ぶ通りに居た。
晴れ渡った青い空の下、もうすぐ一年に一度の大イベント”クリスマス”を祝うために、煌びやかに飾られた木々、露天に並ぶ商品。それを買い求めたり、誰かにプレゼントを選んだり。恋人同士で買い物に来ている人々も居て、おおいに賑わっていた。
カーシュとゾアの周辺だけ人が避けて行くせいか、ぽっかりと空間が空いている。
人込みの中カーシュとゾアはかなり浮いていた。

何故休日の今日、彼らがここに居るのかと言うと。
ダリオとリデル、そして蛇骨大佐が始めた「蛇骨幼稚園」の幼い子供達にクリスマスプレゼントを用意するためにテルミナまで買出しに来たのであった。
日々「蛇骨バー」で幼稚園の運営資金を稼ぎ、せっかくの休日を潰してまで、お使いにだされた事にカーシュはかなりイラついていた。
『龍騎士団』を解散してしまっているので、人員不足は否めないが・・それでも仕事をしているのかしていないのか謎のダリオや、リデルが行けば良いのに、とつい愚痴をこぼしてしまう。
とにかく疲れていた。
精神的にも肉体的にも。今日くらいゆっくり部屋で寝ていたかった。
おまけに、一緒に買い出しに行く相手がゾアである。
見目はもちろんよろしくない。
その寒々しい格好も、その悪癖に趣味も。
今まで被害に遭ったのは主にヤマネコだが、その被害の飛び火が自分にもよく降りかかり痛い目を見た記憶は山ほどある。
(なんで、ゾアなんだよ!せめてマルチュラとか・・グレンとか、ルチアナとかにしてくれよ)
今となっては空しい願いだが。
カーシュの視線の先では猫に向かって何故か匍匐前進を始めたゾアが居た。
こちらに尻を向けて徐々に前進していく。
(嫌だ!見たくねぇ!俺の目が腐れる!目の毒だ!助けて!)
ゾアの服装は下半身を短めの布で巻いて下には黒い・・・どうやらふんどしらしいものを履いているだけで。匍匐をすることで、微妙にめくれて見える尻には必読しがたいものがあった。
何故か目を離せない。金縛りにあったかのように、カーシュはその場に立ち尽くした。
傍から見れば連れに奇異な行動を呆れつつ見守っているように見えているが。
「ぞ、ゾア!!やめろ!!!」
「・・・・ちっちっ」
「おいって!!!ここどこだか判ってるのか!?」
「・・・・」
「おいっ!」「ふぎゃぁー!!!」
カーシュの声と怯えた猫の威嚇声が重なった。
カーシュはゾアの尻から目を離し、猫を見やると猫はゾアの仮面を嫌な音を立てて引っかくと、伸ばしてきた太い手を後ろ足で蹴り軽やかに逃げていった。
「恥ずかしがりやさんだ・・」
小声で呟いたゾアの独り言をばっちりを聞き取ったカーシュは思わず鳥肌を立てた。
(は、早く・・早く用事を済ませて帰って寝るぞ!)
このままこいつと居れば、何故かトラブルに巻き込まれそうな予感がしていた。
自分のこの手の予感ははずれた事がないだけに、切実にそう思った。

「えーと・・『ハンカチ』5枚に、『貯金箱』5個に・・・」
リデルから貰った白い紙にはびっしりと子供達へのクリスマスプレゼントと、当日のパーティの小物等、おまけに料理の材料まで書かれていた。
心の中で「いくらなんでも多すぎだろ!どうやって持って帰れって言うんだー!」とツッコミながら、それでも的確にメモを内容を把握し買っていく順番を組みたてていた。
伊達に地元民じゃない。カーシュは心の中で愚痴りながらもどこか得意げに思った。口に出さない自分が慎ましくて更に自分に酔う。

そして・・・目を離した隙に2度目のトラブルが起こった。

「おばさん、そこの・・にゃんこの首輪、にゃんこじゃらし、おトイレの砂、そしてにゃんこ大好きvという缶詰にキャッツフードを3袋、くれ」
「あいよ!毎度あり!全部で5000ギルだよ〜!」
「丁度だ」
「はい、確かに受け取った。ほら、サービスに猫ちゃんが喜ぶマタタビも入れといたよ」
「!!!!ありがとう」
「あぁ?・・・・・っっー!!!!てっててて!!!」
カーシュは我に返って声も出ないほど驚いた。自分が持っていたはずのガマぶち財布は何時の間にやらゾアに握られていて・・ゾアの腕には抱えるのが困難なほどの袋がぶささがっていた。
「落ちつけ、カーシュ」
相手の冷静な声に更に怒りが沸いてきて、言葉に出来ないほどだった。
深呼吸をし、カーシュは大きく口を開いた。
「お、落ちつけるかー!バカ!てめ、何さりげなく自分の買い物してやがるんだー!!!これはな、こ、これは、り、リデルお嬢様から預かった俺達の汗と血と、色々な汁にまみれた金だぜ!?この金はな、ガキどものプレゼントとパーティーの材料を買うための資金なんだぜ!?判ってんのか!?なのにお、お前今かなり使ったな!?自分の買い物だろ!てめーで出せ!返せ!金がないなら今すぐ返品しろ!!!」
息継ぎなしで言い終えると、ゼーハーと荒く息をした。
対してゾアはそのままの格好で「いやだ」と一言言った。
「っっー!!!!!貸せっ!」
顔を怒りの余りに真っ赤にしたカーシュはゾアから大荷物を乱暴に奪い取ると、自分たちを何事かと見ている商店のおばちゃんの鼻先に付きつけた。
「返す。返すから金返し・・」
「だめだね。一度買ったものは返品効かないよ」
おばちゃんは無下なかった。
おばちゃんの顔に書いてある。何と言おうとも無駄のようだ。
カーシュは青くなった。傍から見ても赤みから青みに変化していくその様子は何とも言えない哀れさを感じさせた。おばちゃんはため息をつくと、
「・・・ほれ、もう一つおまけに猫柄の枕カバーを上げるから、あんたに」
背後で「ぐぬぅ〜〜〜〜っ」という荒れた鼻息を感じたが、受け取りながらカーシュは更に落ちこんだ。
おばちゃんの好意はありがたいが、どうせなら返品させてくれよ・・金返してくれよ・・と思うカーシュであった。

青くなったまま彼らは商店通りから離れた。
よろよろと歩くカーシュに、うきういきと歩く大漁の荷物を持ったゾア。
2人はとても目立っていた。
カーシュは目に付いたベンチによろよろと座りこむと頭を抱え俯いた。ゾアはその隣に荷物を下ろすときょろきょろと周りを見まわした。歩いている途中でもゾアは始終きょろきょろと忙しなく周りを何かを探すように見ていた。
長年の付き合いのカーシュはそれは猫を探しているということは判っていたのでほおっている。
「あぁ・・どうすっかな・・」
足りない。とても足りない。
どんなに値引いてもらっても、とても足りない。
半分買えるか買えないか判らないほど足りない。
カーシュの顔は真っ青を通り越して白に近かった。実家へ寄り金を貸してくれるように頼もうかとも思ったが、最近では仕送りさえままならぬ自分が親に借金を作るのは嫌だった。両親は頑固一徹を地で行くような2人だが、困っている自分を見捨てるような人間じゃない。貸してくれと言えば貸してはくれるだろう。
自分のプライドと申し訳なさとが、どうしても合ってそれは避けたいと思う。
ならばどうするか?
(影森にでも行って敵を倒して金を巻き上げるか?)
テルミナには知り合いも多いが、貸してくれそうな人物は居ない。
(・・それしかないか・・)
疲れきった身体を行使するのは避けたかったが、仕方がない。
素直に帰れば、リデルにどんな目に合わせられるか判ったものじゃない。
カーシュは自分の考えに区切りをつけると顔を上げた。
ゾアに声をかけようとその姿を探したが・・・・居ない。
「ぞ、ゾア!?」
財布はしっかりと自分が握り締めていたので先ほどのような事はないだろうが、ゾアが居ないと不安になる。
ゾアが自分の見ていないところでどんな事をしでかすか、その被害に合うのは自分だ。
ゾアの行動は全て「猫」が関係する。奴の行動の発端は全て「猫」である。
(奴が居ないとすれば猫がらみ・・猫でも見たのか?)
テルミナには野良猫が多い。元々猫好きな人間が多いテルミナだから、どの野良猫も愛想が良く清潔だ。
ゾアは無類の猫好きで、猫のためならばどんな場所にでも、どんな危険な場所にでも行くだろう。
「ゾアー!!」
少し大きな声で呼んで見たが返事がない。
「おい!ゾア!!!どこだ!」
更に大きな声で呼んでみた直後、自分の居る場所からそう遠くない・・・実家のある方向で爆発音がした。
「・・・まさか!?」
カーシュは走り出した。

カーシュがそこにつくと、そこは戦場と化していた。
深い海の底を連想させるさらりとした質感の蒼い髪、派手な赤いバンダナ。悪趣味な赤い靴下・・・手に持ったグランドリーム・・・・セルジュが、ゾアと闘っていた。
「な、何やってんだ!!!」
「カーシュは黙ってて!!!」
セルジュの怒声にカーシュは立ち止まった。
近寄れないのだ。これ以上進むとセルジュに敵としてターゲットされかねない。
セルジュからは敵意・・それ以上に漲るのは殺意。
「ここで合ったが100年目、だね・・・僕は、僕はっ」
「セルジュ、やめなさいよ」
「うるさい!レナは黙ってて!」
「セルジュ〜辞めとけって、な?」
「うるさい!!!この赤ふんモヒカン視界のセクハラ野郎!」
「んだと、こらっ!!」
カーシュは自分の近くに居る2人に初めて気が付いた。そして『赤ふんモヒカン視界のセクハラ野郎』と呼ばれたコルチャを見て、妙に納得してしまった。
それどころではないのに。

「お、おい、あれどうしたんだ?何があった?」
慌てて我に返って、それでもコルチャを見ると思わず顔が笑いそうになるので見ないようにしながらレナに話し掛けた。
だいたい、旅は終わったのだ。
セルジュはヤマネコ姿から無事に元の”セルジュ”に戻り、最終武器も手に入れた。そして旅は終わったのだ。それぞれの家、故郷に帰り、それぞれの生活をしていると聞いていた。
だいたい、世界が違うのだ。
セルジュは『あちら』側の人間、確かに戻っていったと思うのだが・・。
「んーセルジュが『しまったザッパさんにツケてたのを忘れてた!』って・・・こっちの世界に来たんだよ」
「あ?・・・お前どっちのレナなんだ?」
「私?私は貴方とあまり面識のないレナよ」
「・・・セルジュの幼馴染のレナか」
「そう」
「・・じゃぁ・・・赤ふ・・っ・・こいつは?」
こいつ、と指を指したのは傍らに居たコルチャだった。
思わずセルジュの例えを使おうとしてしまったが・・・。
「コルチャ?コルチャはこっちの人よ、さっき偶然再会したの」
「ふ、ふーん・・で?あれは何でだ?」
視線をセルジュVSゾアに向けると、丁度セルジュが腕を上げて何か集中するかのような仕草をしているところだった。
「・・・・おい・・あいつ・・まさか?」
またもや蒼くなるカーシュの目の前で、セルジュは白エレメントの上位魔法「コメット」を使った。勢い良く隕石がゾアめがけて落ちていく。
「殺ったか!?」
セルジュの妙に嬉しそうな声に寒気がした。幾度となく聞いた台詞だが、本気なだけに何度聞いても怖い。
「・・・ぐぅ・・」
ゾアは膝をついた。片膝を立てて顔を上げる。
(どうでも良いけどよ・・・いやな眺めだな・・)
女性ならばセクシーなポーズだろうが、ゾアの場合視覚の暴力意外何物でもない。コルチャと並ぶ。
「も・・もう一度・・・・・」
「あ?」
「まだ言うかー!!!!」
ゾアが息も絶え絶えに何かを言おうとしているが、聞き取れないうちにセルジュが更に怒り狂った。そのまま「ダッシュ斬り」をゾアに放つ。
「うっぐ・・・・」
ゾアは無念、と言うように一瞬手を上空に差し伸べたが、そのまま地に伏した。
(ゾアの野郎・・不死身じゃなかったんだな・・)
カーシュは何故かゾアが人間だと言う事を再確認したかのような気になっていた。

「僕は・・・やったよ・・」
セルジュはゾアの近くまで寄ると何か感慨深いように声を出した。
恍惚として空を見上げて言う。
「やったよ!ヤマネコ!僕はやったよ!!!」
その時だった。
『ヤマネコ』と口に出した瞬間、ゾアは勢い良く立ちあがった。
「どこだ!?」
「っぅ!!!」
そのまま勝ったと気を抜いて油断していたセルジュの両肩を掴むと、
「もう一度俺のヤマネコになっ・・!」
セルジュは両肩を掴まれてびくりとしたが、その言葉に殺意を瞬間纏うと、ゾアの巨体を足で正面から蹴り付けた。
「・・・今度こそ・・」
静かに言うセルジュの顔つきは先程より凶悪だった。カーシュはその顔を見て更に恐怖を感じると共に、似たような顔を思い出した。
リデルの怒り狂う姿だった。
「っ!!!お、おい!!もうその辺で・・」
「黙ってろって言っただろ?カーシュ」
「う・・・・け、けどな!セルジュ。今こいつをやられちゃ俺が困るんだ!頼む!俺に免じて許してくれないか?」
今ゾアを戦闘不能にさせればゾアの身勝手な買い物の荷物もお使いの分の荷物もカーシュ一人が背負うことになる。
それは嫌だった。
龍も手放している今、とてもじゃないが蛇骨館まで帰れないだろう。
「・・どう困るんだよ?」
怒りと凶悪な殺意を纏うセルジュに、カーシュは命懸けで説明をした。
心の底で「なんで俺命かけてまで、買い物しなきゃなんないだろ・・」と呟きながら。

「ふ〜ん」
セルジュは気のない返事をすると、持っていたグランドリームをしまった。
「お金、貸してあげても良いよ」
「マジか!?」
「うん。昔の仲間のよしみでね。僕が元に戻れるように頑張ってくれたし」
「・・良いのか?」
「うん、でも条件あるよ」
「なんだ!?」
「・・・僕らも参加したいな、そのパーティに」
にっこりとセルジュは笑みを浮かべた。
「なんだ、そんな事か!良いぜ」
何を言われるか内心ひやひやしていたカーシュだったが、出された条件の簡単さに安請け合いをした事を後程死ぬほど後悔したのだった。



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